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前橋地方裁判所 昭和37年(ワ)69号 判決 1963年11月14日

原告 須田説次 外五三名

被告 明星電気株式会社

主文

被告は原告らに対し、それぞれ別表「附加金額」欄記載の各金員およびこれに対する昭和三六年六月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを五分し、その二を原告ら、その余を被告の各負担とする。

事実

第一当事者の申立

一、原告ら訴訟代理人は「被告は原告らに対し、それぞれ別表「合計額」欄記載の各金員およびこれに対する昭和三六年六月一日以降支払ずみまで年五分の割合による各金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに担保を条件とする仮執行の宣言を求めた。

二、被告訴訟代理人は「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求めた。

第二原告らの主張

(第一次請求の原因)

一、被告会社は群馬県伊勢崎市に工場を有する電線等通信設備の製造販売を目的とする会社で、原告らは被告会社に雇傭せられて同会社伊勢崎工場に勤務する労働者である。

被告会社には従前から総評に加盟する全金属労働組合明星電気支部組合(以下第一組合と略称する。)があつたが、右組合の活動方針に対する批判者が現われ、昭和三五年三月これらの批判勢力が結集されて原告らの所属する明星電気労働組合(以下第二組合と略称する。)が結成されたが、以後両組合は活動方針において必ずしも一致していなかつた。

二、昭和三六年度におけるいわゆる春季闘争として、賃上その他の労働条件の改善を要求し、第一組合は、まず昭和三六年三月三一日午前七時四五分より午前九時四五分まで二時間のいわゆる時限ストライキを抜打的に決行し、以後同年四月四日、同月一〇日から同月一五日まで、および同月一七日にいずれも一日二時間あるいは四時間の時限ストライキを行ない、同月一八日から同月二八日までの間は全就業時間にわたるいわゆる全面ストライキを行なつた。

三、しかし、第二組合は、実力行使の時期方法について第一組合と方針を異にしたので共闘しないこととし、右ストライキにも参加しなかつた。

そして、原告らは、右三月三一日には定刻の午前七時四五分までに出勤したが、第一組合の組合員のピケッティングに阻まれて工場に入ることができず、就労できない状態であつたので、第二組合の組合事務所に集合し、被告会社伊勢崎工場(以下単に会社という)の労務担当者に対し、原告らはいつでも就労し得る態勢で待機しているから何分の指示を待つ旨申し伝え会社側はこれを承知した旨回答した。而して、当日は出勤定刻の二時間後会社担当者から就労の指示があり、原告らは所属職場において平常通り就労した。それ以後の前記のとおりの時限ストおよび全面ストに際しても、原告らは右同様に工場に入ることができなかつたが会社側と密接な連絡をとりつつその指示通り待機していたのである。

四、右のような経過であつたので、右期間中の原告らの賃金請求権は次のような理由で発生したものである。

(一) 労働賃金は具体的労働に対する対価ではなく、労働者が自己の労働力を使用者の支配に委せたことに対する対価であり即ち使用者の処分権の下に労働力がおかれることによつて賃金請求権が発生するというべく、本件の場合第一組合の時限スト又は全面ストの結果に原因し会社側の指揮命令による具体的労働が行なわれなかつたとするも、原告らとしてはすでに前記の如く会社側の指揮命令下の状態に自己の労働力を委せたものであつて、もはやこのような場合会社側においては原告らの労働義務を既に受領したものであるから、原告らの賃金請求権が発生したものである。

(二) 又、賃金は具体的労働に対する対価であるとしても、原告らとしては当時適法に会社側に対し労務を提供(又は少なくとも履行の準備を通知してその受領を催告)したのであるから、会社側においてその際、受領拒否等の態度に出ずる等のことがなかつた以上会社側は当然に受領遅滞の責に任じなければならない。従つて、本件の場合原告らの労務を受領しなかつたのは一に債権者である会社側の責任であるから原告らは賃金請求権を有する。

(三) さらに、被告会社は、本件争議の前である昭和三五年五月三日原告らの所属する第二組合に対し、今後ストが行なわれた場合にスト不参加者には賃金全額を支払う旨を同日付書面により約束した。右特約に基いても原告らには賃金請求権がある。

五、しかるに、被告会社の賃金支払日は毎月二〇日で、前月二一日以降当月の二〇日までの分が支払われることになつていたが、被告会社は、昭和三六年四月二〇日に、原告らに対し、三月三一日以降四月二〇日までのうちの前記第一組合のストライキ期間に該当する賃金(「別表四月度」欄記載のとおり)を減額して支払い、また、同年五月二〇日に原告らに対し、四月二一日からの同じくストライキ期間に該当する賃金(別表「五月度」欄記載のとおり)を減額して支払つた。

六、よつて原告らは被告に対し、右減額分の合計額(別表「合計額」欄記載のとおり)の金員およびこれに対する賃金支払日の後である昭和三六年六月一日以降完済にいたるまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(予備的請求の原因)

一、仮りに、以上の賃金請求権が認められないとするも、右第二の一ないし三項記載の事実は被告会社の責に帰すべき事由による休業に当たるというべきであり、そして被告会社と第二組合との間に、前記第二の四の(三)項記載の如き賃金額支払の約定があるのであるから、被告会社は休業期間中の賃金(別表「合計額」欄記載のとおり)と同額の休業手当を支払うべき義務がある。

二、よつて、原告らは被告に対し、右休業手当相当額の附加金として、それぞれ別表「合計額」欄記載の金員およびこれに対し休業手当支払期日の後である昭和三六年六月一日以降完済にいたるまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三被告の答弁および主張

(答弁)

一、第一次請求の原因中一、二項の事実は認める。同三項の事実のうち、原告らが第一組合と実力行使の時期、方法について方針を異にしていたので共闘せず、同二項記載のストライキに参加しなかつたこと、右スト期間中原告らは第一組合のピケに阻まれて、工場に入れず、就労できない状態にあつたことは認めるが、その余の事実は否認する。被告は原告らに対し組合事務所において待機するよう命令したことはなく、原告らが就労しなかつたのは右命令によるものではない。同四項の事実は否認する。同五項の事実は認める。

二、予備的請求の原因中一項の事実は否認する。

(主張)

一、本件ストライキにより原告らが就労できなかつたのは次に述べる事情により、被告会社の責に帰すべき事由によるものではない。

(一) 本件ストライキ当時第一組合の組合員は約六〇〇名であり、第二組合の組合員は約九〇名程度であつたが、両組合は分裂による感情の対立が激しいものがあり、事毎に対立抗争していた。第一組合は本件スト時には強烈なピケを張つており、これに阻まれて原告ら第二組合の組合員が就労できなかつたものである。

(二) 本件休業時には、使用者である会社側も工場内に入ることはできなかつたのである。第一組合の強いピケにより会社事務所も封鎖されて構内に入ることができないため、会社側はやむなく工場構外にある来客宿泊所(通称別館という)において電話連絡をしていたものである。従つて、作業管理など夢にもできない状態であつた。

(三) 被告会社の作業組織はタクトシステム(いわゆる流れ作業)であるから、たとえ一割前後の人間が就業したとしても作業の実態を伴わない。

(四) 以上のようにして会社としても原告らを就労させるためには、第一組合の部厚い強靱なピケ突破をしなければならない状態にあつたのである。それを強行するためには同じ職場の従業員同士の間に血を洗う乱闘となることは、まことに火を見るより明かであり、又、六〇〇人の第一組合員に九〇人で立向つて勝算があるわけではない。このような紛争が巻き起されれば、一波は万波を呼び総評系の第一組合と、総同盟系の第二組合との外部団体の動員となり、暴力は社会問題に発展するであろうことは社会通念上当然予測せられる事態である。

会社がかかる客観的事態に対処する場合、スト不参加者に敢えて就業命令を出さず退避させたからといつて、会社の帰責事由の休業だとして、被告会社を非難することは社会通念に反し、法律常識を欠くものである。

(五) 更に、理論上もかかる場合に会社の責に帰すべき事由に当るものとはいいえない。即ち労働者の争議権は憲法又は労働法により保障されており、このスト権は会社側の何等の債務不履行によつて発生するものではなく、しかも、スト突入の原因である労働者の要求の当、不当が批判の対象となることなく労働者の争議行為が合法視されるのであるから、この争議行為をやめさせるとか、やらせるとかは会社の自由にならない問題である。

(六) 当初の裁判例には、労働者のストライキは、使用者が労働者の主張する賃金又は労働条件をもつて労働力を購入しない結果発生するものであるから、恰も製造原料が高くて買い切れないというのと同一であり、企業経営内部の問題である。従つて、会社に責任があるとしているものがある(東京地方裁判所昭和二四年(ヨ)第四〇三六号、同年(ヨ)第二一八五号)。

然し、原材料の資材には市場があり、購入先の選択も自由であるが、労働者との労働契約は当事者が特定されており、解雇の自由も雇入れの自由もない。かかる状態において組合は恣意と思われる過大な要求を掲げてストに入るのが一般常識である。会社としては、勿論、経営の維持存続を前提として最善の努力はするが、組合のスト権発動は会社の権限外の問題である。

要するに、本件においてはスト不参加者の就業は事実上不可能であり、如何なる点から見るも、会社が就業させなかつたことは社会通念上妥当であり、会社に責任はない。

二、原告らの第一次請求の原因四項(三)において主張する特約の有無について。

原告ら提出の甲第一号証(回答書)は昭和三五年五月のいわゆる春闘に限定せられた取扱いの回答書である。即ち、当時第一、二組合は分裂直後であり、対立が烈しかつたので、第一組合の時限ストにともなうピケに対し、第二組合がピケを破る態勢にあつた。そこで、会社側は第二組合に対し第一組合との乱闘をさけるよう説得し、その結果差迫つた問題として休業補償の要求が出され、会社は当時の事態収拾策として、昭和三五年五月三日のスト時間中の全額賃金を支払うことを約し(既発生の分)、なお、その時点において、ストは解決したわけではないので、明日あるか、明後日あるか解らないが、引続きストが行なわれた場合も取敢えず同様に扱うことを約したものであり、当面の応急措置としてなした回答で、当事者間に恒常的労働協約としての認識がなかつたものである。従つて、右書面をもつて、本件につき賃金請求の根拠とすることはできない。

第四証拠関係<省略>

理由

第一当事者間に争いのない事実

原告らが被告会社に雇傭されて被告会社伊勢崎工場に勤務する労働者であること、被告会社には以前から総評系の第一組合があつたが、これに批判する者が集り昭和三五年三月第二組合が結成され原告らは第二組合に所属すること、両組合は活動方針において必ずしも一致しなかつたこと、昭和三六年度における春闘として第一組合は賃上その他の労働条件の改善を要求し、昭和三六年三月三一日午前七時四五分より午前九時四五分まで二時間の時限ストを抜打的に行ない、同年四月四日、同月一〇日から同月一五日までおよび同月一七日に一日各二時間あるいは四時間の時限ストを行ない、同月一八日から同月二八日までの間は全就業時間にわたる全面ストを行なつたこと、原告ら第二組合の組合員は右ストに参加しなかつたこと、右スト期間中原告らは第一組合の組合員のピケに阻まれて工場に入れず就労できない状態にあつたこと、被告は同年四月二〇日に原告らに対し、三月三一日から四月二〇日までのうち右ストライキ期間の賃金(別表「四月度」欄記載のとおり)を減額して支払い、同年五月二〇日には原告らに対し四月二一日からの右ストライキ期間の賃金(同「五月度」欄記載のとおり)を減額して支払つたことはいずれも当事者間に争いがない。

第二賃金の支払いを求める第一次の請求について

一、一部ストライキの場合の賃金

一会社または工場に甲、乙二個の単位組合があり、甲組合がストライキに入り、乙組合の組合員はストライキに参加せず就労を希望する場合(いわゆる一部スト)、乙組合員が賃金請求権を有するか否かについては種々説が分かれるところである。

(一)  原告らは、先ず、労働賃金は具体的労働に対する対価でなく、労働者が労働力を使用者の支配に委せたことに対する対価であり、即ち使用者の処分権の下に労働力がおかれたことにより賃金請求権が発生するとの見解にたち、本件について原告らの労働力は会社の指揮命令下におかれたから賃金請求権が発生した旨主張する。しかしながら、労働契約は民法の雇傭契約より発展し、労働法により種々の修正は加えられてはいるが、雇傭における「労務」対「報酬」という双務、有償契約としての基本的性格(民法六二三条)は、労働契約において「労働」対「賃金」として承継されているものというべきである(労働基準法第一一条も賃金を「労働の対償」として規定している)。そこで、労働契約の履行として具体的労働があつてはじめて賃金請求権が発生するもので、労働力を使用者に委ねることは契約履行の一過程としてとらえられるに過ぎないと解するのが相当である。しかして、本件においては、前記のとおりスト期間中原告らは第一組合のピケに阻まれて工場に入れず就労しなかつたのであるから、労働契約の履行としての具体的労働があつたものとはいえない。従つて原告らの前記主張は採用し難い。

(二)  次いで原告らは当時会社に対し労務を提供(又は少なくとも履行の準備を通知してその受領を催告)したのであるから、会社側は受領遅滞の責に任じなければならないのであり、従つて原告らは賃金支払請求権を有する旨主張する。

おもうに、受領遅滞(債権者遅滞)の本質についても争いがあり、或は信義則に基く法定責任であるとし、或は債務不履行の一種であるとするが、後説にたつても、受領遅滞により直接生ずる効果は損害賠償請求権および契約解除権に過ぎないわけであり、雇傭契約および労働契約についても、ドイツ民法第六一五条(雇主の受領遅滞の結果労働給付不能となるときは労務者は賃金請求権を失はない旨の規定)の如き特別の規定のない現行法のもとにあつては、受領遅滞により直接賃金請求権が発生するわけではなく、これは危険負担に関する民法第五三六条によつて解決しなければならないと解すべきが相当である。

そして、同条第二項の「履行ヲ為スコト能ハザルニ至リタルトキ」とは、履行不能(不能の原因が労務者の支配に属する範囲内の事実に基く場合)か、受領不能(不能の原因が使用者の支配に属する範囲内の事実に基く場合)かを問題にせずに、いやしくも労務の給付のできなかつたことを意味するものと解すべきであり、「債権者ノ責ニ帰スヘキ事由」とは、使用者の故意・過失または信義則上これと同視すべき事由をいうと解すべきである。右にいう「信義則上これと同視すべき事由」については、民法を貫く過失責任の原則より無制限に拡張できないわけで、一部ストの場合にあつては、スト発生が使用者側での労働協約違反その他使用者の責に帰すべき事由に基くといつた特別の事由がないかぎり、労働者に争議権が保障されており、使用者に右争議を停止することを強制する途がないことからいつて、使用者の責に帰すべき事由にはあたらないものといわねばならない。そして、就労不能の直接の原因がスト実施中の組合のピケに阻まれたことにあつても、ピケが争議行為の一環として行なわれているものである以上、右と別異に解する根拠がない。

(三)  これを本件について見るに、証人須賀清市、同山崎知道、同井下和夫の各証言および原告老田一郎、同高橋弘各本人尋問の結果を総合すれば、昭和三六年三月当時被告会社伊勢崎工場の従業員は約八百三、四〇名で、この内第一組合の組合員は約六〇〇名位、第二組合の組合員は約九〇名位であつたこと、同月三一日の時限ストの際、第一組合の組合員は伊勢崎工場の第一工場から第五工場までの各工場正門および裏門等すべての入口に、椅子を並べ、その後に三列か四列位に人が並ぶといつたピケを張つて、第二組合の組合員およびその他の従業員の立入を阻んだこと、このピケによつて使用者側である会社側の者も事務所に入ることができず工場外にある来客宿泊所(通称、別館という)に集つていたこと、原告らも、同様工場外にあつた第二組合の組合事務所に集り、電話で右別館にいた被告会社労務担当者に指示を求めたが、ストが解けるまで待つようにという指示しか得られなかつたこと、引続いて行なわれた時限ストおよび全面ストに際しても以上と同様であり、全面ストの際は午前一〇時、一二時、午後三時に会社側と連絡をとり、その連絡により原告ら組合員が集り得るような状態でいたことが認定できる。

右事実と前記当事者間に争いのない事実を併せ考えると、本件ストにより原告らは労働をなすべき債務を履行できない状態にいたつたというべきである。しかし、本件ストの発生が使用者側の協約違反その他責に帰すべき事由に基くということを認めるに足る証拠がなく、かえつて右認定事実および当事者間に争いのない事実によれば、本件ストはいわゆる春闘として賃上げ等労働条件の改善を要求して行なわれたものであり、被告会社の責に帰すべき事由は存しないことが認定できる。

従つて、原告らの以上の見解に基く賃金請求権は認めることができない。

二、約定による賃金請求権の存否

原告らは、被告会社と原告ら第二組合との昭和三五年五月三日に成立した約定に基き賃金請求権を有する旨主張する。

成立に争いのない甲第一号証および証人須賀清市、同井下和夫、原告老田一郎(ただし後記措信しない部分を除く)、同高橋弘(ただし後記措信しない部分を除く)の各本人尋問の結果を総合すれば、昭和三五年五月三日第一組合が時限ストを行ない各工場にピケを張り、第一組合の組合員以外の者の工場立入を阻んだので、第二組合の組合員は、同日午前、被告会社に対し、就労できなかつた時間の賃金の支払いを要求し団体交渉をなした。当時両組合は分裂直後で対立が烈しく第二組合側がピケを突破するなど不祥事件を起しかねない状態にあつたので、会社側は右第二組合側の要求を容れ、さらに右団体交渉の席上、第二組合側から口頭で、今後、明日なり明後日なりストがあつた場合についても会社は賃金の支払いを保障してくれるよう要求があり、被告会社は、第一組合との賃上交渉も近く解決することが予想されたので、右解決にいたるまでの間に行なわれることのある第一組合のストについては同様に賃金全額の支払いをすることとし、同日午後、甲第一号証(回答書)を第二組合執行委員長高橋弘に交付したことが認められ、右認定に反する原告老田一郎、同高橋弘の各本人尋問の結果は措信しない。そして右認定事実によれば、右甲第一号証は昭和三五年のいわゆる春闘が解決するまでのものであり、以後新しい時点におけるストの場合について定めたもの、あるいは労働協約としての効力を有するものとはいえないこと明らかである。

他に原告らの主張を認めるに足る証拠はない。

三  よつて、原告らの賃金請求についての主張はいずれも認めることができないので、原告らの第一次請求はいずれも失当としてこれを棄却することとする。

第三附加金の支払いを求める予備的請求について

前記当事者間に争いのない事実および第二、一、(三)に認定した事実を併せ考えれば、原告らは、第一組合のスト期間中労働基準法第二六条の「休業」に該当したことは明らかである。そこで右休業が同条にいう「使用者の責に帰すべき事由」によるものかどうかを検討する。ここに「使用者の責に帰すべき事由」とは、民法上の帰責事由(民法四一五・五三五・五三六・五四三・六九三条など)の概念とは、よつて立つ社会的基盤を異にし、労働者の生活保障という観点から規定されているのであるから、民法上の概念としては故意、過失或いは信義則上これと同視すべき事由とされるのに対し、本条にあつてはこれよりも広く、したがつて不可抗力に該当しない使用者の管理上ないし経営上の責任を含むものと解すべきである。

本件についてこれをみるに、第一組合のストによる原告らの休業が、被告会社の故意、過失或いは信義則上これと同視すべき事由によつて生じたものとは認められないことは前記第二、一の(二)、(三)に説示したとおりである。しかしながら、被告会社伊勢崎工場という一企業の内部に起つた経済ストに起因するものであるから、一般に企業の内面における経済政策上の事由をもつて不可抗力となし得ないと同様に、会社は不可抗力を主張しえないというべきである。従つて、被告会社は原告らに対し本件スト期間中の休業手当を支払うべき義務があるわけである。その額については、労働基準法第二六条では「平均賃金の百分の六十以上」となつているが、労働協約ないし就業規則によつて、一〇〇分の六〇以上を支払うべき旨定めていない限り、法律上支払いを強制し得るのは、一〇〇分の六〇に限定されるものと解するのを相当とするところ、原告らの主張する昭和三五年五月三日の約定も、前記第二の二に説示したとおり、労働協約としての効力は認められないのであり、他にかかる点につき主張立証のない本件においては、原告らに支払わるべき休業手当は休業期間中の賃金(別表「合計額」欄記載のとおり)の一〇〇分の六〇に限られるものといわねばならない。

而して、本件の場合、被告会社において所定の賃金支払日までに右の休業手当を支払つたとの証明がないのであるから、原告らの予備的請求のうち、右休業手当と同額の附加金(別表「附加金額」欄記載のとおり)およびこれに対するこの支払期日以後である昭和三六年六月一日から支払ずみまで民事法定利率である年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は正当としてこれを認容し、右限度を超え賃金全額に相当する附加金およびこれに対する遅延損害金の支払を求める部分は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条本文、第九三条第一項本文を各適用し、仮執行の宣言はこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官 柏木賢吉 秋吉稔弘 荒井真治)

(別表)

氏名   四月度(円) 五月度(円)  合計額(円) 附加金額(円銭)

須田説次 四、三二七  七、一〇六  一一、四三三 六、八五九・八〇

南部三郎 二、九一〇  四、六五六   七、五六六 四、五三九・六〇

川崎中正 二、四六七  三、四五三   五、九二〇 三、五五二・〇〇

矢島善美 三、八八〇  四、六五六   八、五三六 五、一二一・六〇

吉沢茂  二、四六七  三、四五三   五、九二〇 三、五五二・〇〇

(以下四八名分省略)

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